ワンマン運転(ワンマンうんてん)とは、バスや列車に車掌が乗務せず、運転士1人だけが乗務して運転することである。 従来は車掌の業務だった運賃授受や発車時の安全確認などの業務は運転士が高速バス する。このような形態で運行されるものについて、バスの場合はワンマンバス、列車の場合はワンマン列車・ワンマンカーと呼ばれる。
概説 主に列車あたりの輸送量が少ない閑散線区や路面電車、路線バスにおいて、人件費を削減するため実施されている。特に日本の路面電車やバスはほとんどがワンマン運転を行っている。 日本でこの方式により列車を運行する場合は、通常、法令によりその旨(「ワンマン」)を車両に表示することが義務づけられている。ただし、仙台市営地下鉄南北線やディズニーリゾートライン、都営地下鉄大江戸線、横浜市営地下鉄ブルーライン、京阪大津線、京都市営地下鉄東西線の京阪の車両、近鉄けいはんな線、阪急電鉄の今津(南)線と甲陽線、神戸電鉄全線、北神急行電鉄北神線など、一部には表示を行っていない路線もある。バスもかつては「ワンマン」表示が義務付けられていたが、ワンマンバスが一般化したため、1990年に義務付けが解除され、表示を省略したり、表示窓を方面表示や広告に利用する例が多い。 またワンマン列車であっても、夜行バス 化されて間もない路線などをはじめ、一部路線などでは、乗降客の多い時間帯や区間で運転士以外の社員(乗務員、添乗員)が乗務することもある。これは乗客への案内や乗車券販売といった業務に支障をきたさないよう運転士を補助する役割を持ち、不正乗車防止のため車内改札を実施することもある。この乗務員は車掌の資格を持たない場合もあり、扉開閉など列車の運転業務は運転士が行う。 土休日や急なラッシュ時、繁忙期、多客期などには通常ワンマン運転を行う列車でも車掌を乗務させる場合もある。この場合、車両が増結されて運転士のみでは客扱いしきれないようなケースが多い。京阪石山坂本線では朝ラッシュ時、後方車両に運転士の資格を持つ列車防護要員が乗務する。 なお、特にワンマン運転と区別するため、運転士と車掌が乗務している運行をツーマン運転もしくはツーメン運転と呼ぶことがある。 なお「ワンマン」は和製英語であり、英語ではconductorless(車掌の乗車しない列車)とされている。高速バス などではワンマン表示の下に、このconductorlessの英字を併記している。この他、電光掲示の時刻盤にてワンマンカーの英語表記をconductorless carと表示させている鉄道会社もある。日本特有の表現であるため、英語版wikipediaではwanmanと日本語のローマ字表記を記事名に採用している。ただし、アメリカ合衆国内では一般的に用いられていた形跡がある。パシフィック電鉄の項目を参照。
歴史・背景 この項目はその主題が日本に置かれた夜行バス になっており、世界的観点からの説明がされていない可能性があります。ノートでの議論と記事の発展への協力をお願いします(Template:国際化)。 日本の大量交通輸送機関において、運転士が単独乗務する事例は、1950年代以降に本格化し、広く普及し始めたのは1960年代以降である。 1960年代以降、特に大都市圏から隔たった地方において自家用自動車の普及(モータリゼーション)や過疎化、少子高齢化、人口減少(特に若年人口の減少による通学者の減少)が進行した。このため地方の公共交通機関は乗客の減少による経営難に苦しんでいた。 また、都市部においても路線建設費の高騰(減価償却費の増大)や将来的なダイビング への備えが求められるようになってきた。 そのため、沖縄旅行 レンタカー として車掌乗務の廃止が進められていった。路線バスや路面電車では1970年代以降一般的な運転形態となり、1980年代中期以降はローカル線を中心に鉄道でも実施されるようになった。
戦前 ごく古い車掌省略の例では、1923年に関東大震災で寸断された北海道旅行 の補完のため東京市電気局がフォードT型トラックシャーシに簡易車体を架装して運行した市内バス(通称「円太郎バス」)がある。あくまで災害に伴う緊急措置であり、路面電車が復興し、またより本格的なバスの運行が行われるようになる車掌乗務が復活している。 鉄道では、馬車鉄道や小型客車を人力で推進する人車軌道(明治〜大正期に各地で若干の例が存在)等を除けば、762mm軌間の軽便鉄道だった岡山県の井笠鉄道(鉄道線は1971年廃線)が確認できる最初と見られる。同社は1927年7月に定員20人の超小型ガソリンカーを導入したが、車両定員が極端に少ないこともあり、同年10月に監督官庁へ車掌省略の特別許可を申請、認められている(運賃収受は駅で実施)。いつごろまで車掌省略運転が行われたかは不明である。 車掌省略は、井笠鉄道に続いて超小型ガソリンカーを導入した下津井鉄道(のちの下津井電鉄、鉄道線は1990年廃線)、播丹鉄道(国家買収により加古川線ほかとなる)でも追随する形で一時行われていたという。
戦後 日本の大量輸送型交通機関における本格的なワンマン沖縄旅行 は、1951年6月から大阪市交通局が一部路線のバス(当時の今里〜阿倍野)で夜間に限り行った例が最初とされる。この時、世界で初めて「ワンマンカー」の呼称が使われた。 これは、バスに乗務していた女性車掌が当時の労働基準法による女子の沖縄旅行 (深夜勤務の制限)に抵触して夜間の乗務ができなくなり、代替要員が確保できなくなったためである。京成電鉄の資料「京成電鉄85年のあゆみ」では1957年に市川〜松戸線のバスで自社が行ったのが最初という記述があるが、これは大阪市交の先行事例から見て誤った記述と推定される。 1999年の労働基準法改正まで、看護師(看護婦)など一部の職種を除き、22時から翌朝5時までの深夜帯に女性の勤務はできなかった。近年まで鉄道やバスの車掌や運転士などの乗務員、駅員が男性ばかりだったのは深夜時間帯の勤務があったことによる。 1960年代以降、大都市からワンマンバスが広がり始め、やがて地方のバスも山間部や狭隘路線のように保安要員としての車掌を要した特殊なケース以外はワンマン化されていった。一方で、バスのワンマン化は運輸省(現・国土交通省)の路線認可が必要で、道路の幅員・終点での方向転換方法(誘導員のいないところでバックしてはいけない)など細かい規定が設けられているため、ツーマンで認可された路線を、会社都合で勝手にワンマン化できない。1970年代は、小サイズのバスはマイクロバスを除き量産化されていなかったため、乗降実績がまずまずにもかかわらず、ワンマン化実施に当たって道路幅員が規定に満たないため、ワンマン化を断念して広い道路への経路変更(人家密集地でないため不便になるケースが多かった)した路線や、廃止した路線も1970年代の民間バスや1980年代の国鉄バスで目立った。 路面電車では名古屋市電が合理化策として、郊外閑散路線の下之一色線・築地線で1954年2月から実施したのが最初である。ワンマンバス同様、ワンマン電車の普及が進むと同時に、路面電車自体が廃止され激減したこともあり、現存するほとんどの路面電車がワンマン運転である。一方で、広島電鉄では乗客の多い連接車を中心に車掌を乗務させている。 一般の鉄道における現代的なワンマン運行は関東鉄道竜ヶ崎線と日立電鉄線(2005年廃止)で初めて実施され、共に1971年の開始だった。 都市圏の鉄道でも都市型ワンマンと呼ばれる運行形態が増えている。都市型ワンマンは1975年に静岡鉄道静岡清水線で実施されたのが始まりである。地方鉄道のワンマン運転と最も異なるのは、車内で整理券の発行や運賃の受け渡しを行わなず、運賃収受は従来どおり駅で行なうことである。西武多摩川線、東武東上線末端(小川町-寄居間)、東武宇都宮線、神戸電鉄全線などの利用者が比較的少ない路線では、極端な話、国土交通省通達によるデッドマン装置、ワンマン表示灯、後方確認ができるミラーなどの装置を取り付ければワンマン運転は可能である。実際には、運転士の業務負担を減らすため、自動放送装置や、運転席に座ったまま操作できるドアスイッチを取り付ける改造などが、必要に応じて行なわれる。もう1つは地下鉄を含む利用者の多い都市鉄道におけるワンマン運転の例で、1990年代以降、運行コストにおける人件費削減を目的に、東京地下鉄南北線、都営地下鉄大江戸線(ホームドアはない)首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスなど採用が増えている。安全運行のため、自動列車運転装置(ATO)による自動運転やホームドア、運転席からホームを監視できるモニタなど各種支援機器の整備によって、運転士への負担と安全性の向上を高度化している。近年は、少子高齢化による経営難から、ツーマン運転を前提に開業した路線に、各種支援機器設置を設置しワンマン運転に移行した路線もあり、都営地下鉄三田線、横浜市営地下鉄ブルーライン、東京モノレールなどが該当する。さらに、ほとんど天井まで届く高さのホームドアから、大人の胸の高さぐらいの高さのホームドアへ、ATOは停車時のみ自動制御を行なうTASCとすることなどで、安全を担保しつつも設備コストも抑える工夫も見られる。 さらに、運転士までも不要とした地下鉄・新交通システム・モノレールも存在する。中央コンピュータから車両や駅システムを遠隔制御して運転やドアの開閉まで全自動で行なう。運転操作を行わない監視要員のみが乗務するか、シーサイドライン、ゆりかもめ線などのような完全な無人運転も実施されている。
運転士の役割と車両などの装備 バス停留所や駅では、運転士が戸を開け客扱いを行う。出発する際には、北海道旅行 が安全確認を行い戸閉め操作を行う。車内放送も運転士が行うが、テープなどによる自動放送を主体とし、運転士は自動放送で対処できない内容を補助的に放送するようになっていることが多い。 鉄道の場合、運転士が意識を失ったなどで沖縄 レンタカー がなされなかったときに非常ブレーキで停止するEB装置や、事故時に付近の列車を停止させる列車防護無線装置、車内の乗客との非常通報・通話装置などが設けられる。また、ホームに鏡(道路のカーブミラーに似たもの)やビデオカメラとモニターを設置し、照明の増設や上屋高さの向上など安全確認をしやすくする改良も行われる。 バスの場合、バスジャックが発生した際の非常通報装置が設けられることもある。また、狭い道の区間では、後部モニター装置つき車両を導入したり、そこだけ誘導員を乗車させたりすることがある。